ある日常の夕方

 
 ピンポーン。
「はーい」
 夕方、リビングで夕食の準備をしていたらチャイムが鳴った。珍しく早く帰ってきていたアマンダはシャワーを浴びているところだ。僕は玄関に駆け寄り、ドアを開けた。
「あ、ヘルマン…」
 ドアを開けると立っていたのはヘルマンだった。
「マレク、これお前のだろ。そこの裏通りのゴミ箱と自販機の隙間に落ちてたぞ」
 見るとヘルマンは見覚えのある財布を手に持っていた。今日の昼間、レオ達に取られて隠された僕の財布だ。
「ありがとう」
 いくら探しても見つからないし、もう諦めていたところだった。だから、ヘルマンの親切は素直に嬉しかった。
「なに、いいってことよ。ところでアマンダは?」
「あ、アマンダなら今ちょっと…」
「あら、ヘルマンきてたの」
 いつの間にかシャワーから上がったアマンダが、こちらに向かってのっしのっしと歩いてきた…って、アマンダ何て格好してるんだよ!? 上はTシャツ一枚羽織っただけ、下はパンツだけって! っていうか乳首透けてるよ! おっぱい揺れてるし!
 だけど、僕の動揺なんてどこ吹く風といった調子で、ヘルマンは当たり前のように対応していた。
「ああ、マレクが財布落としたの拾ったんでな。届けにきた」
 ヘルマン? この状況でなんでそんな平気な顔してられるの?
「わざわざ悪いわね。ありがとう。上がってお茶でも飲んでく?」
 ちょ、アマンダも何当たり前みたいな顔して会話してるのさ!? 大体その格好でヘルマンお茶に誘う気なの!?
「いや、ちょっと寄っただけだ。すぐ帰るさ。夕飯前で忙しい時間だろうし、家族の団欒を邪魔しちゃ悪いからな」
 邪魔しちゃ悪いという以前に、もっと根本的な問題があると思うんだけど……
「そう、じゃ、また明日ね」
「おう。また明日。じゃあな、マレク」
「……うん、今日はありがとう」
 自分でも分かるぐらい気の抜けた声でそれだけ答えるのが精一杯だった。
 そしてヘルマンは帰っていった。アマンダも家の奥に戻っていく。白いパンツの下から伸びるすらりと長い脚がなんだかとても眩しい。そんな場違いな事を、彼女の後ろ姿を見送りながら、どこか冷めた頭の片隅で思った。
 その場に一人取り残された僕は、しばらくそこに立ち尽くしていたけれど、やがてため息混じりの声でそっと呟いた。
「大人って無神経だ……」

Fin.
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