深夜の当直室にて

 
14話の過去編。サーシャの一人称です。ザーギンとジョセフのやってる最中を彼女の視点で見てしまいます。女性視点の一人称が苦手な方はご注意くださいませ。




 私は夜の大学の廊下を歩いていた。薄暗い廊下には、この時間ともなると流石に誰もいない。
 目指す先は、大学の付属病院の当直室だ。今日はザーギンの当直の当番の日だと聞いていたので、自分の研究が一段落ついたのをきっかけに、彼の様子を見に行くつもりだった。夜食の差し入れにと思い、手にはありあわせのもので作ったサンドイッチの包みを持っている。私も少しお腹が空いてきたところだし、当直室についたら、彼と一緒に食べよう。そう考えると自然と足取りも軽くなる。
 間もなく当直室が見えてきた。ザーギンの他にも誰か当直室にいるらしく、僅かに開いたドアの隙間から話し声と部屋の明かりが薄暗い廊下に漏れている。
 私は当直室のドアをノックしようとした。が、その時中から聞こえてきた声にその手を止めた。
「あんまり目立つところに跡をつけないでくれよ。姉さんに知られたら一大事だからさ」
「はは、分かってるよ。僕だってサーシャに知られたらただじゃすまないからね」
 ジョセフだ。彼がここにいる事自体は特に不思議がることでもない。彼はザーギンになついているようで、よく大学に来ては彼の元に入り浸っているのも知っていたからだ。でも、私に知られたら困る事って何なのだろう。それもザーギンまでもが。
 立ち聞きするのはどうかと思ったが、そのままノックして部屋に入るのははばかられた。もしかしたら、二人で私をかつぐ悪ふざけの相談でもしているのかしら。気付かれないように細心の注意を払いながら、ドアの隙間から室内を覗き込む。
 ジョセフとザーギンが向かい合って座っていた。狭い当直室の中は、入って左側の壁際に仮眠用の小さなベッドがあり、その反対側の壁を背に肘掛けのついた椅子が置かれている。ジョセフはベッドに、ザーギンは椅子にこしかけている。ジョセフは自分のシャツをたくし上げ、痩せっぽちの胸板を彼の前に晒している。そしてザーギンは聴診器を手にしているのが見て取れた。
「じゃあ、今から触診するから、どんな感じがする言ってみて」
「うん、分かった」
 状況だけ見れば何の事はない、ただの診察に見える。だけど、それがどうして私に知られたら困るんだろう。
「これはどう?」
 そう言うとザーギンは聴診器のチェストピースの端で、ジョセフの左の乳首を軽くつついた。
「ちょっと、くすぐったいよ」
「そっか。じゃあ、これは?」
 次は面の部分をを乳首に軽く押しあてている。そして小さく円を描くように軽く回す。ザーギンが手を動かしながらジョセフの顔を見上げると、ジョセフが僅かに目をそらした。
「ん……ちょっと変な感じ」
「じゃあ、これはどうかな?」
 こんどは空いた方の手を反対側の乳首に伸ばすと、つまんで軽くこね回しはじめた。ジョセフがかすかに身を強張らせ、驚いたようにザーギンの方を見ている。
「え、ちょっと…」
「ほら、シャツは持ち上げたままでいて」
 ザーギンは相変わらずジョセフの乳首をつまんだまま、押しつぶすようにこね回したり、つまんで引っ張ったりを繰り返す。明らかに様子がおかしい。あれではまるでそう、愛撫ではないか。そう思った矢先、ザーギンがジョセフの胸に顔を寄せると、聴診器をずらして乳首を口に含んだ。
「あっ……」
 ジョセフがかすかな声を上げ、ぴくりと身を震わせた。その目に浮かんでいるのは明らかな欲情の色だ。
 信じられない光景だった。弟の胸に舌を這わせる親友と、それを受けて顔を紅潮させ、快楽に身を震わせる弟。これは一体何の悪い冗談なのか。
「随分と感度が良くなったね。ちょっと触っただけなのにそんな顔をして」
「だって、ザーギンいつもここ弄るから…、ああっ」
 そんな私に更なる追い打ちをかけるような言葉が耳に入ってくる。いつも、ですって? 彼等はあんな行為を前から行っていたというの?
 だがそんなことを知ったところで、今更部屋に入って問いただすわけにもいかない。これ以上覗き見まがいの事は止めて、気付かれないうちにさっさと立ち去るべきなのだ。私の理性はそう警告していた。これ以上見ていれば、取り返しのつかないものを見る事になると。だが私はその警告に従う事はできずにいた。
「じゃあ、次は下の方を見ようか」
 困惑の迷路に陥りかけていた私の思考を、ザーギンの声が現実に引き戻した。再び室内の様子に注意を向けると、ジョセフがベッドから立ち上がり、たくし上げたシャツはそのままに、靴とズボンと下着を脱いでいるところだった。ザーギンはというと、自分の鞄の中を探って何かを取り出しているところだ。
「ジョセフ、こっちの椅子に座って」
 顔を上げたザーギンがジョセフに指示する。手に握られているのは二本のベルトのような紐だ。一体何に使う気だろう。
「動かないように固定させてもらうよ」
 ザーギンが今まで自分が座っていた椅子にジョセフを座らせた。そして足を椅子の上に上げさせると、先ほどの紐で両側のアームレストにそれぞれの足首を縛り付け、足を大きく開かせるようにする。ジョセフの局部が余すところなく晒される形になった。
「なんか、恥ずかしいんだけど。この格好」
 流石に恥ずかしいのか、ジョセフが顔を赤らめて身体をもじもじさせながら言った。膝を閉じようにも、大きく開かされたまま拘束されているため閉じる事はできなくなっている。
「今更恥ずかしがるような仲でもないだろう?」
「そりゃ、そうだけどさ…」
 その会話を聞いて改めて絶望感に襲われ、私は床に膝をつきそうになった。ああ、やはり彼らは以前からこんな関係を続けていたのだ。一体いつの間に? 何故私は気付かなかった?
 私の絶望をよそに、ザーギンは再び自分の鞄を探ると、化粧水でも入っているような大きさと外装の瓶と、手術用の薄いゴムの手袋を取り出した。ザーギンは手袋をはめ、瓶の中身を手の上に少し垂らすと、ジョセフの肛門に塗り付け始めた。くちゅくちゅという湿った音がこっちにまで響いてくる。
「あっ…ん、ひうっ!」
「最近は随分ほぐれてきたね。はじめのうちは指一本入れるのも一苦労だったというのに」
 ジョセフの縛り付けられている椅子は心持ちこちらを向いた角度になっていたため、ザーギンの頭の位置によってはこちらからもジョセフの局部がちらりちらりと見え隠れしている。肛門周りだけでなくペニスもローションにまみれてひくひくと脈打ちながら勃ち上がっているのが、嫌でも目に入ってしまう。
「ほら、もう三本は簡単に入るようになった。あと一本ぐらいいけるかな? ジョセフ、自分でも入れてごらん」
 ジョセフの肛門は信じられないぐらいにぱっくりと大きく口を開けて、ザーギンの両手の人差し指と右手の中指を咥え込んでいる。ザーギンに促されてジョセフも手袋をつけるとローションを手に垂らし、自分の右手の中指を恐る恐る差し入れる。
「もう少し指を奥まで入れて…、そうそう。この辺りを押してごらん」
「ここ? …なんかコリコリしてる。触ると変な感じ」
「触ると気持ちいいだろう?」
 何なの、この光景は。男二人が一つの肛門を弄くり回すという異様な光景に、私の脳は対処する事を拒んでいた。私の常識では到底処理しきれるものではなかった。しかもそれが、自分のよく見知った人間であることが、私の混乱にますます拍車をかけていた。
「じゃあ、もう少し詳しく見てみようか」
 ザーギンが指を引き抜いて、再び鞄から何かを取り出した。金属製の医療器具だった。
 あれは確か三弁式肛門鏡。ペンチのような取っ手のついた器具で、先端には取っ手に対して垂直になるように、三つに分かれた嘴状の金属の器具が取り付けられている。嘴の先端を肛門に挿入して、取っ手の部分を握ると、嘴の部分が三方向に開くようになっているタイプのものだ。
「それ、なに?」
 椅子に縛り付けられたジョセフが、怪訝そうな珍しそうな目でその器具を見つめている。
「肛門鏡だよ。これでジョセフの中を診察するんだ。入れている途中に間違って動いて中を傷つけると大変だからね。だから固定するんだよ」
 嘘おっしゃい! 肛門診察は患者の脚をそんなふうに広げた状態で縛り付けたりしません! そもそも椅子の上で診療行為を行ったりもしません! 大体、そこにベッドがあるというのに、何故わざわざ椅子などという狭い場所でやろうとするのかしら。いいえ、それを言うなら、そもそも貴方たちがやってる行為自体が破廉恥な行為であって…ああもう!
 思わず叫び出したくなる気持ちを抑えつつ、再び部屋の中に目を凝らすと、挿入部分にローションを塗りたくったザーギンが、ジョセフの肛門に器具を押しあてて挿入しているところだった。
「ひゃっ、冷たい」
「ほら、じっとして」
 くすぐったそうに身をすくめるジョセフを尻目に、ザーギンは肛門鏡の握りの部分をゆっくりと用心深く握っていく。それにつれてジョセフの中に入れた器具の先端部分が彼の肛門を押し開いていく。
「うわぁ、こんなに広がっちゃうんだ…」
 こんどは指が入っていない分、ジョセフの肛門は更にぱっくりと大きな口を開けているように見える。あんなに広げてしまって大丈夫なのかしら。
「うん、中はきれいな状態だよ。傷もないしきれいなピンク色だ」
 口にペンライトを咥えたザーギンが、もごもごとした声で告げる。正直、聞いているこっちの方が恥ずかしくなりそうだ。
「ひっ!」
 ジョセフがびくりと身体を震わせ、声を上げた。見ると、ザーギンが細い金属の棒をジョセフの肛門に差し込んで、奥の方をつついているようだ。
「さっき触ったところもよく見えるよ。こうやって触るのもなかなかいいだろう」
「あ…ん、ひうっ」
 敏感なところを冷たい金属に刺激されて、ジョセフは目を見開いて身悶えしている。口の端から涎を垂らして、目の焦点が合っていない。そんな弟のあられもない姿を、私は喰い入るように見つめていた。あの子があんな顔をするなんて…。
 そうこうしているうちに、ザーギンは満足したのか、器具を引き抜くと付着したローションや汚れを拭き取り始めた。
「なあ、ザーギン、こうやって遊ぶのもいいんだけどさ、そろそろザーギンのを挿れてくれよ」
 椅子の背に身体をもたせかけて、息を整えていたジョセフが焦れたように言った。無意識になのか、所在なげに自分の肛門に指を出し入れして弄くり回している。ザーギンが心得たように薄く笑むと、鞄に器具をしまいながら何かを取り出した。
「じゃあ、こっちの方の準備も手伝ってくれるかな?」
 そう言ってザーギンがジョセフの顔のすぐ横に立ち、小さな袋を手渡した。どうやらコンドームの袋のようだ。ジョセフはそれを受け取ると袋を破って中身を手にしたまま、ザーギンのズボンのファスナーを降ろした。そして彼のペニスを取り出すと、彼の股間に顔を埋めた。ぴちゃぴちゃという、猫がミルクを舐めるような水音がこちらにまで聞こえてきた。ザーギンは顔を紅潮させ、ジョセフの髪を撫でているのが見て取れた。彼の上ずった息づかいまで聞こえてきそうだ。
 やがてジョセフが顔を上げると、ザーギンの勃起したペニスがコンドームに包まれているのが見えた。ジョセフの唾液にまみれてぬらぬらと光っている。あまりの卑猥さに目をそらしたくなる自分を叱咤して、中の様子に目を凝らし続ける。
「よく出来ました。じゃあ次は君にもつけようか。服や周りを汚しちゃいけないからね」
 そう言ってザーギンはもう一つ同じ小さな袋を取り出すと、ジョセフの椅子の前に膝をつき、今しがたジョセフがやったのと同じようなやり方で、彼の勃起したペニスにもコンドームを装着してやった。
「ここじゃ狭いから、ベッドに移ろうか」
 彼がそう言ってジョセフの足を縛っていた紐を解いてやっているのが見える。縛めを解かれたジョセフはぴょんと椅子から飛び降りるとそのままベッドに上がり、壁を背にして自分から脚を開く。
「ねえ、早く早く」
 媚びるような潤んだ上目遣いでザーギンを見上げながら、ジョセフは自分の肛門を指で押し開いて誘っている。信じられなかった。あの子があんな淫売みたいな真似をするなんて。
「仕方ない子だ。ほら、今行くから」
 でも、ザーギンは苦笑いしながら、楽しそうな顔でそんなジョセフに覆いかぶさるようにのしかかっていった。
 そのままジョセフの肛門にペニスを押しあてて、ゆっくりと挿入していく。私は思わず叫び声を上げそうになって、寸でのところで手で口を押さえた。
「あああ……っ」
 ジョセフは流石に苦しいのかぎゅっと眉を寄せて、ザーギンの首に手を回してしがみついている。そのためにザーギンの表情はここからは見えないけど、荒い息づかいと熱気はこちらにまで伝わってくる。私はドアの脇の壁に片手をついて、自分の身を支えるので精一杯だった。
「…っはぁ、はぁ、はぁ、全部、入った…?」
「……ああ」
 応えるザーギンの声も快感にかすれている。彼の声は別人のように聞こえた。いや、彼だけじゃない。ジョセフもだ。いくら再会して間もないとはいえ、ジョセフにあんな顔があるなんて知りたくなかった。ザーギンがあんなことをする人だなんて、知りたくもなかった。
「ちょっと手を離して。動くから」
 そう言われたジョセフがザーギンの首に回していた手を離す。ザーギンが僅かに身体を起こすと、二人のつながった部分がここからもはっきりと見えるようになった。痛ましいほど大きく口をあけたジョセフの肛門に深々と突き刺さるザーギンのペニス、高々とそそりたつジョセフのペニスが。
 ザーギンが腰を前後に動かし始めた。ジョセフが顔を喜悦にゆがめ、あられもない声を上げる。ザーギンの眼鏡の奥の目にも、獣じみた情欲の炎が宿っている。
「…あ、あああっ、いい、いいよぉ、ザーギン…っ」
「……っふ、ジョセフ、君の、中もだ…」
 もう限界だった。これ以上は見ていられなかった。震える身体を叱咤して、気付かれないように、足音を立てないようにその場から立ち去るのが精一杯だった。
 大学病院の外に出るや否や、私は一気に駆け出していた。何処に向かうのかわからないまま、めちゃくちゃに走り出していた。もうどうすればいいのか分からなかった。私の両目からはとめどなく涙があふれ続けていた。キャンパスにはほとんど誰もいなかった為、私の姿を見とがめる者はいなかった筈だ。
 走っている間も、私の頭の中では先ほど見た光景と、答えのでない疑問がぐるぐると回り続けていた。
 何故あの二人なのだ。何故彼が私の弟を抱いていたのか。何故私の弟を抱いていたのが、よりによって私の親友だったのか。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。
 もし、嫌がるジョセフをザーギンが無理矢理襲っていたのなら、彼を助け出すために止めさせるという大義名分は立っただろう。迷わず飛び込んでザーギンを殴ってでも止めさせていただろう。だが、ジョセフは悦んでいた。のみならず自分から足を開いて男を誘い、喜んで受け入れていた。そんなところに私が入る余地はあるのだろうか。そんなところに飛び込んでも、私が惨めになるだけだ。
 私を裏切った親友が憎い。弟をあんな淫売にした彼が許せない。でもそれ以上に、更に惨めな思いをすることを怖れて、止める事も出来ずに見ているだけしか出来なかった、私自身がいちばん許せない!
 途中でおかしいと思った時点で、引き返していれば良かったのだ。いいえ、そもそも最初に部屋についた時、迷わずノックして入っていれば良かったのだ。そうすれば、二人とも多少は慌てて戸惑ったろうが、ザーギンなら上手く私を誤摩化してくれて、冗談で片付けてくれただろう。もしそうなら、私が彼らの秘密を、あんな姿を、知る事なんてなかっただろうに!
 気がつくと私は、橋の欄干にもたれかかっていた。どうやら知らない間に街に出てここまで来てしまっていたらしい。
 こんな時間に、こんな場所で女一人、しかも異民がいることがどれだけ危険か私は理解していた。早くここから立ち去らないといけない。私の理性はそう告げていたが、私の心はもうどうにでもなれという捨て鉢な思いで満たされており、その場から動く気には到底なれなかった。
 しばらく何を考えるでもなくその場に立ち尽くしていた時、何か硬い物を引きずりながら近づいてくる足音が聞こえてきた。案の定、というべきか。顔を上げると手に手に鉄パイプや棒切れを持った男達が、私を包囲しつつあるところだった。
 男達が獰猛な目つきで私のことをじろじろと見回してくる。楽しそうな口調で、口汚い罵りの言葉を投げつけてくる。自分がこれから何をされるのか分かっていた。だが私にはもう、何もかもがどうでもよくなっていた。
 気付けば私は、男達を見据えると、やりきれなさとどうしようもない絶望感をぶつけるように、叫んでいた。
「打ちたければ、打つがいい!」と。

Fin.

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