逃亡者の夜

 
 逃げ込んだ先の廃墟の教会で、眠りと覚醒の狭間をさまよっていたジョセフは、下半身に違和感を感じて現実に引き戻された。
「う……」
 重い瞼をこじ開けて見てみると、脚の上にマレクが馬乗りになって蹲っていた。のみならず、ジョセフのズボンの前をくつろげて彼の雄を取り出し、口に含んで吸い上げている。
「マレク…!? 何を…」
 ジョセフが目覚めたのに気付いてマレクが顔を上げた。一瞬、悪戯を見つかった子どものように目を見開いたが、すぐに何でも無いことのように答える。
「ジョセフ、苦しそうだったから。こうすれば、少しは楽になると思ったんだ。そしたら、僕もなんだかうずうずしてきてさ」
 見るとマレクは、ジーンズと下着を膝まで引き下ろしていた。口でジョセフのものを愛撫しながら、手で自分のものを慰めていたらしい。マレクのものも濡れそぼり勃ち上がっていた。
「けどお互い、このままじゃ生殺しでしょ。だからさ、ジョセフ、僕のこと抱いていいよ。動けないなら、僕が上に乗って動くからさ」
 どこか媚びるような笑みを口元に浮かべて問いかける。だがジョセフにしてみれば、そんなことは許されることではなかった。
「駄目だ、そんなこと。今すぐやめて、俺の上からどくんだ」
「どうして? ジョセフだってこのままじゃ収まりがつかないでしょ?」
 問いかけながら、マレクの手は完全に勃ち上がったジョセフの逸物を握り込んだまま、緩くしごき上げた。その刺激に、ジョセフの雄は嫌でも反応してしまう。
「…っ、止せ、そんなこと…くっ」
 起き上がろうとした途端、脇腹に鈍い痛みが走る。それでもなんとか手を伸ばし、マレクの手首を掴んだ。
「それに僕、男は初めてじゃないんだ。昔、引き取られた先の家で何度かヤられてるから」
 マレクの手を自分の性器から引きはがそうとした手が止まった。ジョセフは驚いてマレクの顔を見るが、その表情からは何も読み取れない。
「アマンダに引き取られる前にね、子供の居ない夫婦の家に引き取られたことがあるんだ。二人とも大きな製薬会社で働いてて、周囲からの評判もいい人達だった。けど養父の方がとんでもない奴だったんだ。奥さんだけ仕事に行ってて家にはあいつと僕の二人だけの時だったかな。いきなり押さえつけられて服脱がされて、性器を舐め回されたんだ」
 手首を掴まれたまま、マレクは淡々と語り続ける。平坦な、穏やかにさえ聞こえる声で。
「それがどういうことなのか、全然分からなかったけど、悪い事だってことだけは分かった。気持ち悪いのか気持ちいいのかよく分からなくて、どうすればいいのか分からなかった。ただ怖かった」
 内容とは裏腹に、マレクの口調はまるで昨日学校であった事を話しているようだった。それに対してジョセフがどう反応したものか考えあぐねているうちにも、マレクは語り続ける。
「だけど、ヤられたのはその時だけじゃなかった。その後も奥さんの居ない間に何回か同じようなことされた。次の時からはお尻の穴にも指突っ込まれるようになって、次の次からは指だけじゃなくてペニスを入れられた。
 誰かに話したら、すぐに追い出すってきつく口止めされてたから、誰にも言えなかった。捨てられるのが怖かったから、ひたすら我慢した。そしたらある日、奥さんにバレたんだ。僕がやられてる真っ最中に帰ってきてさ。
 それから後は大変だったよ。奥さんが逆上して手がつけられないぐらい怒り狂って。そりゃ当然っちゃ当然だろうけどさ。けどそれで僕にまでひどく当たり散らされたのは参ったよ。お前が夫をたらしこんだんだろう、こんな淫売なんかうちの子じゃないって。僕の方からやったんじゃないのにさ」
 ふとマレクの口元に憫笑にもにた形の笑みが浮かんだ。どこか自虐的な、危うさを秘めた笑みが。
「それで結局、すぐに叩きだされて孤児院に送り返された。本当の理由は隠したまま、誰にも言うなってキツく言い含められて。そりゃ、誰かに知られたら児童虐待の罪で逮捕されるだろうからさ。まあ、僕だって他人にこんな事話すのは絶対嫌だったから、誰にも言わなかったけどさ。人に話したのは、ジョセフが初めてだよ」
 しばらく、沈黙だけが続いた。暖をとる為に焚いていた火が、穏やかな光でマレクの横顔を照らしている。
「そんな目にあっているのに、どうしてこんなことを…」
「そんな目にあっているからだよ。だってもう、僕には失うものなんてないからさ。傷物で悪いけど、その分余計な気を使わなくても大丈夫だろ?」
 ジョセフは面食らった面持ちでマレクを見つめた。まるで自分を物であるかのように軽く見るマレクの物言いが、彼を戸惑わせていた。
「しかしマレク、お前は、本当にそれでいいのか。よく考えろ。もっと自分を大切にするべきだ…」
 一度物扱いされ、自己に対する尊厳を根底から否定された者は、自分でも自分を物と同価値にしか見られなくなることがある。更に逃走中である今の状況も相まって、自暴自棄になっているのかもしれない。
「いいよ。どうせ僕は『男のくせして男に足開く淫売』なんだから。だけど、さっきも言ったでしょ。このことは誰にも話した事が無いって。まあ、自分でも思い出さないようにしてただけなんだけどさ。ジョセフだけだよ、こういうことされてもいいって思ったのは」
 ジョセフは逡巡していた。マレクはやはり自暴自棄になっているように見える。実際そうなのだろう。あんなことをしてしまったのだから。自分では正しい事をしたと思いたくとも、心の奥底ではそうでない事を分かっているはずだ。そこから逃れたいが故の逃避行動なのかもしれない。
 マレクがジョセフの胸の上に這い上がると、服の上から彼の胸の筋肉にそっと指を這わせてきた。
「いや、されてもいいというより、僕が抱いてほしい。ね、いいでしょ、ジョセフ」
 おもねるような上目遣いでジョセフを見上げながらマレクが囁いた。その顔はどこか切羽詰まっているようにも見えた。
 そんな顔を見て、ジョセフは思う。たとえこれが自傷的な逃避行動であったとしても、無碍に拒絶することもまた、彼を傷つけてしまうだけなのではないかと。
「…分かった、マレク。だが、まずはしっかり準備してからだ…」

「ん……ふぅ」
 薄暗い教会の中に、ぴちゃぴちゃという水音と吐息だけが響く。
 マレクはジョセフの上に反対向きに覆いかぶさるようにして跨がっていた。目の前にあるジョセフの雄を一心に舐め上げている。すっかり勃ち上がった彼の肉棒は、先走りとマレクの唾液に塗れ、焚き火の明かりを照り返してぬめるように光っていた。
 ジョセフの顔の前には、マレクの雄と後孔が丁度来る位置になっている。ジョセフはマレクの性器を右手の指で愛撫しながら、反対側の手指と舌を使い、肛門を丹念に解きほぐしていた。
「あ……ん」
 玉の裏側に口づけ、そのまま吸い上げてやりながら前立腺の辺りをこすり上げてやると、マレクが切なげな声を漏らした。熱い吐息がジョセフの雄にかかり、爆発寸前の雄はそれだけで達してしまいそうになるが、すんでのところでそれを堪える。
「ジョセ…フ…、いつまでいじってるの…っ」
 長い時間、後ろの孔をいじくり回されていたマレクが肩越しに振り向きながら、切羽詰まった声で抗議する。先ほど絶頂を迎えてジョセフの口の中に精を吐き出した雄は、今また元気を取り戻しかけて、ひくひくと喘ぐように痙攣している。
「今しっかりほぐしておかないと、挿れたときにつらい」
「んなこと言ったって、もう30分はやってる…ああっ」
 今度は前立腺をぐりぐりと押すように刺激され、マレクは身も蓋もなく身悶えした。更に先ほどまで性器を愛撫していた右手の人差し指と親指も肛門に差し入れる。そのまま指で押し広げ、ぴちゃりと音を立てて舌を這わせると、マレクは顔を伏せたまま啼き声を上げた。
「あっ…やっ…もう…ジョセフばっかりずるいよ…っ」
 身悶えしながらもマレクは必死で目の前の巨根にかぶりつくようにして喉の奥深くまで咥え込み、頭を大きく上下に動かして一気にジョセフを絶頂に導かんとする。
「くっ……」
 急な刺激を与えられて、ジョセフの手が一瞬止まる。その隙を逃さずにマレクはしっかりと男根を口に含み直すと、緩く頭を動かしながら強く吸い上げたり舌先でくるくると舐め回したりを繰り返し、射精を促した。更に両手も使ってしごき上げ、追い打ちをかける。その刺激で先ほどから限界間際に達していたジョセフの雄がどくりと脈打ち、白濁した体液を吐き出した。
「あっ…!」
 思わず口を離してしまったマレクの顔に、勢いよく白濁がふりかかった。
「すまない、大丈夫か?」
 我に返ったジョセフが狼狽した声で問いかける。
「ん……大丈夫」
 マレクは振り返ると、どこか呆けたような顔で呟いた。顔全体に、ジョセフが放った白い欲望が万遍なくふりかけられている。次いで思い出したように精液に塗れた手で顔を拭うと、手についた白濁をぺろりと舐めた。
「マレク、こっちに」
 猫のように舌を出して自分の手を舐めるマレクに、ジョセフが呼びかけた。マレクが身体の向きを反転させて顔を近づけると、ジョセフは手を伸ばしてマレクの顔を引き寄せ、自分のかけたものをきれいに舐めとってやった。マレクはとろんとした表情で、舐められるに身を任せている。
「それより、もうそろそろいいでしょ?」
 一通り舐め終わった後、マレクは焦れたような声で囁くと、ジョセフの唇を舐めるようについばんできた。
「……ああ」
 口を離されたジョセフも掠れた声で答えた。一度出したにもかかわらず、彼の雄はまだ勢いを失う様子は無い。
 マレクは少し位置をずらすと、自分の尻穴がジョセフの逸物の真上にくるように膝立ちで跨がり、ジョセフの雄をぴたりとあてがった。
 そしてそのまま、ゆっくりと腰を落としていく。ジョセフはマレクの腰をつかみ、支えるのを手伝ってやった。
「ん………」
 事前に解きほぐしたとはいえ、ジョセフの逸物はあまりに大きいため、慎重にゆっくり入れていくしかない。少し後ろに手をついたマレクは、恍惚と苦悶の表情を浮かべながら、ジョセフの雄を受け入れていく。
「くっ……」
 ジョセフもまた、快楽に耐える。先端からじわじわと締め付けられていき、時間をかけてゆっくりと飲み込まれて行く、生殺しのような快楽は苦しいほどだ。マレクの腰を掴んで引き下ろし、一気に貫きたくなるのを、ジョセフはやっとの思いで耐えた。
「はぁ……はぁ……」
 やっとの思いで全てを受け入れたマレクが、ジョセフの腹筋に手をついたまま、全身にしっとりと汗を浮かべて喘いだ。
「苦しいか……?」
 その様子を見て、ジョセフは不安げに問いかけた。きつく締め付けられる結合部を通して、マレクの体温と共に震えが伝わってくる。無理も無い。これだけの大容量のモノを、本来挿れるようにはできていないところに受け入れているのだから。
「ううん……平気」
 妖艶な眼差しでジョセフを一瞥して答えると、マレクは腰を動かし始めた。身体の後ろに手をつくと、小刻みに身体を揺すりながら、押し付けるようにして緩やかに腰を動かす。ジョセフの雄がいいところに当たって気持ちがいいのか、半開きの目は欲情に潤み、薄く開いた口からは熱い吐息が漏れる。
「んう……あぁ……」
 そんなマレクを見上げていたジョセフは、緩やかな刺激では我慢ならなくなってきた。マレクの痴態も相まって、中途半端な刺激を与えられているうちに、獣じみた欲望がふつふつとわき上がってきた。
 手を伸ばしてマレクの腰を両手でがっちりと掴む。
「え……?」
「すまない、もう我慢できそうにない」
 そのまま下から激しく突き上げる。急に深々と貫かれて、マレクの目が大きく見開かれた。
「ああああああっ!」
 白い喉を晒して頭をのけぞらせ、艶を含んだ悲鳴を上げる。だがジョセフにはこれ以上自分を御することは不可能だった。
「ひっ、あああっ、ひあああっ」
 そのまま揺さぶるように何度も突き上げてやると、マレクはなり振り構わぬ嬌声を上げた。細い身体がジョセフの上で跳ねるように揺さぶられる。
「ああっ、凄い、あああ…っ、いい、いいよぉ…っ」
 激しく翻弄されながらも、マレクは悦んでいた。あられもない痴態を晒し、これ以上ないほどによがり狂う。その様にジョセフの自制心の箍はますます意味を失くしていく。
「あううっ!」
 片手でマレクの腰を掴んで下から小刻みに突き上げながら、もう片方の手で竿を握り込んで先端を親指でこね回してやると、彼の口から悲鳴のような嬌声が漏れた。
「ジョセフっ、もっと激しく、僕が…っ、壊れちゃうまで、メチャクチャにしてよぉ…っ」
 悦びの形に歪んだ口の端から涎を垂らし、これだけでは足らないと更なる快楽を求めて臆面も無くねだる。
「ああ……っ」
 ジョセフもまた、欲望の虜となっていた。自制心などというものは、最早どこか彼方に置き忘れてしまっていた。マレクの腰を再び両手でつかんで角度を変え、前立腺の辺りをごりごりとこするように先端を押し付けてやると、腹につくほど反り返ったマレクの雄の先端から更にだらだらと涎が垂れてくる。
「あっ、ああっ、もう、いく、イっちゃうよぉぉ」
 先に限界を迎えたのはマレクの方だった。円を描くように腰を動かしながら、両手で己のものを扱き上げ、ジョセフの腹の上に白濁を吐き出した。
「くっ、俺も、限界…だっ」
 マレクの放つ精が腹の上に垂れるのを感じながら、ジョセフはマレクの尻を両手で鷲掴みにすると、限界まで育った己の欲望を最奥まで押し付けるようにねじ込んだ。そしてマレクの中に白濁した欲望をたっぷりと注ぎ込む。
「ああああ…っ、熱い、熱いよ…っ」
 自らも欲望を吐き出し続けながら、マレクがびくびくと身体を震わせて喘いだ。
 全てを出し終わった後、マレクがジョセフに覆いかぶさり、甘えるように彼の胸元に顔をすり寄せてきた。ジョセフは焦点のあわない目で破れた天井を見上げながら、マレクの髪に指を差し入れてゆっくりと撫でてやる。
 二人ともしばらくそのままの状態で放心していたが、やがてマレクが顔を上げると、上目遣いで縋るような笑みを浮かべて囁いた。
「ジョセフ…これだけじゃ足りないよ……もっと、もっと僕のこと、めちゃめちゃにして…」

 それから何時間経ったろうか。
 ジョセフの隣にはマレクが身を寄せて眠っていた。あの後、二度目、三度目とねだられて狂ったように交わった。一緒になって上着にくるまり、ジョセフの胸にしがみつくようにして眠る彼の寝顔は、先ほどまでの狂態が信じられないほどに穏やかだ。疲れきって、夢も見ないほど深い眠りについているのだろうか。そんな彼の姿は、不安から逃れようと近しい大人に縋り付く、寄る辺無い子どもに見えた。
 (少し、やりすぎてしまったか。全く、子ども相手に俺はなんて事を…)
 事後の倦怠感に苛まされつつマレクの寝顔を見つめながら、冷静になった頭で自省する。傍から見れば、負傷中の身で精魂尽き果てるまで搾り取られたジョセフの方が同情されるべきなのかもしれないが、本人はそれには全く考えが及ばない。
 逃亡者達に与えられた僅かな安らぎの時間は過ぎてゆく。いつ捕まるとも知れぬ中の、もしかしたら最後になるかもしれない安息の時。彼らにもそれを享受する権利ぐらいはあるのかもしれない。

Fin.
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