混沌たる悪夢の中で

 
 ジョセフは探していた。
 探していたものが何だったのか、どうしても思い出せない。人だったのか、物だったのか、場所だったのか、それとも言葉だったのか、それすらも思い出せない。何故探していたのかも思い出せない。
 分からないということは恐怖だ。それこそ気が狂いそうなほどの。根源的なことが分からないということは逃れようのない不安となって、精神をかき乱す。
 ただ、探さなければならないという強迫観念じみた想いにだけ突き動かされて、ジョセフは街を、裏路地を、荒れ野を、山を、道を、ただひたすらに駆け回り、探し回った。
 そしていつしか、探すということが何をするのかも分からなくなってきた時だった。
 いつの間にか、ジョセフは、廃墟となった教会の前に立っていた。ザーギンが現れ、大切な人を目の前で傷つけられ、蹂躙されつくした、あの教会の前に。辺りに靄が立ちこめ、うすぼんやりとした頼りない日の光までもあの時と同じだ。
 何かに引き寄せられるように破れた壁から教会の中に足を踏み入れると、かつて祭壇があった場所の前に立つ者がいた。
「マレク…」
 マレクの姿を見つけた途端、ジョセフの心を満たしていた強迫観念じみた不安と恐怖が、痛みが引くように消えていった。すると、自分が探していたのは彼だったのか。
 ジョセフが近づいていくと、マレクが振り向いた。だがジョセフに注がれる眼差しには、何の感慨も湛えられていない。まるで見も知らぬ他人に出会ったかのように。
「探しものは見つかったのかい? ジョセフ」
 背後から声がした。
「……! ザーギン!?」
 今しがた自分が入ってきた壁の割れ目、その傍らによく見知った金髪の男が立っていた。相も変わらず穏やかな笑みを口元に浮かべながら。
 いつからそこに居たのか。最初から居たのなら、なぜ自分は気づかなかった。自分の後から入ってきたのなら、なぜ気配を感じられなかった。
 いや、そんなことは問題ではない。あの男が自分の前に姿を現した以上、為すべき事はただ一つ。
「ザァァァギンッ!」
 瞬時にブラスレイターへと姿を転じ、ザーギンに向かって一直線に駈ける。駈けながら右の掌に湾曲刀を顕現させると、そのまま大上段に構え、敵の頭上めがけて振り下ろす。
「!?」
 ザーギンを両断するはずだった剣は、その目前でしっかりと受け止められていた。だが、受け止めたのはザーギンではない。そこに居られるはずのない第三者によって、である。
「な……っ!?」
 立ちふさがったのはマレクだった。紋章の浮かぶ両手に構えた槍の先で、ジョセフの剣の刃を受け止めていた。夜の闇よりなお昏く、冬の空よりなお冷たい眼差しが、その双眸からジョセフに注がれている。
 攻撃を受け止めるということは簡単なことではない。相手の攻撃の軌道を予測し、敵の獲物の重さと速度によるエネルギーを受け止めるに耐えうる、堅牢な構えを瞬時に取らなくてはならないからだ。
 ましてや、盾のように面で受け止めるのではなく、穂先という点で受け止めるというだけでも、格段に難易度が高くなる。力が一点に集中する分、相手の力に負けて押し切られる可能性は低くなるものの、1ミリでも狙いを外せば即座に死につながるからだ。
 視認できないほどの速度で、ジョセフよりも素早く進行方向に回り込み、それらをやってのけたのである。極めて高い瞬発力を持つマレクだからこそ出来たことだった。
 それらのことと、ザーギンを庇い、自分の目の前に立ちふさがった者がマレクだという事実は、ジョセフに致命的な隙をもたらした。
 その隙をマレクは見逃さなかった。槍が勢い良く横になぎ払われ、ジョセフの剣が叩き落とされそうになる。だがすんでのところでバックステップを踏んで後ろに飛び退き、間合いを取った。
「マレク!? 何故!」
 何故彼がここに? いやそんなことより何故ザーギンをかばう?
 ジョセフの疑問をよそに、ザーギンの元に歩み寄ると、跪き恭しく頭を垂れるマレク。ザーギンがその頭や頬を撫でてやると、媚びたような爛れた笑みを浮かべ、飼い犬のようにザーギンの膝頭や腿に頭をすり寄せる。
「彼はね、私の僕となったのだよ。忠実なる私の僕に」
「そんな……嘘だ……」
 信じられなかった。信じられるはずがなかった。何かの間違いだと思いたかった。
「嘘じゃないよ。ジョセフ」
 マレクが再びジョセフに向き直り、手にした槍を向ける。相変わらず昏い眼差しの奥には、今やはっきりとした敵意が見て取れた。
「ザーギン! 貴様、マレクに一体何をした!?」
 激高した声で問いただす。ザーギンは相変わらず微動だにしないまま、静かな笑みを浮かべている。
「何を言っているの、ジョセフ」
 さも呆れたと言わんばかりの声で、マレクが言い放った。
「僕は自分の意思でザーギン様の僕になったんだ。もう今までみたいな弱者なんかじゃない。
 ザーギン様に刃向かうっていうんなら、ジョセフだって容赦しないよ」
 マレクがブラスレイターに姿を転じ、目にも留まらぬ早さで槍を振りかざしてジョセフに飛びかかってきた。かろうじて剣で受け止めて横に流し、相手の攻撃の軌道をそらすも、間髪入れずにマレクは容赦なく槍を叩き付けてくる。
「くっ……!」
 攻撃をはらった瞬間にできた隙をつかれ、次の行動が遅れた。そのせいで躱しきれずに左肩に攻撃を受けてしまう。
 辛うじて後ろに飛び退き、相手の間合いから脱出する。だがマレクはそれでもなお容赦せず、目にも留まらぬ速さで打ちかかってくる。相手がマレクということもあり、ジョセフはどうしても防戦一方にならざるを得ない。
 (マレクを傷つけるわけにはいかない…だが、手加減して切り抜けられるような状況じゃない…どうする?)
 ふと、ジョセフの視界の片隅に、ザーギンの姿を捉えた。あいかわらずゆったりと微笑みを浮かべながら、こちらの戦いを眺めている。あの時マレクはザーギンを庇おうとした。だとしたら、そこに付け入る隙はないものか。
 (一か八か…)
 ジョセフは後ろに大きく飛び退き、十分な間合いを取ると、剣を鞭に転じ、雄叫びをあげながらザーギンに向かって振り上げた。予想通り、マレクの動きが一瞬止まる。
 (かかった!)
 そのまま本来の標的、マレクの方に突進する。だが地を蹴った途端、マレクの姿が視界から消えた。
 (!?)
 気配を感じ、上を見上げると、槍を頭上で回転させながら今まさに躍りかかってくるマレクの姿がスローモーションのような動きで目に入ってきた。
 しまった、と思う間もなく槍の一撃をまともに喰らい、遥か後方に吹き飛ばされる。
 迂闊だった。マレクの瞬発力と反射神経を見くびっていた。痛みに悲鳴を上げる身体を叱咤し、起き上がろうとした時、近づいてきたマレクに胸を踏みつけられ、地面に縫い止められてしまう。
「ぐっ!」
「『ファントム』の真似でもしようとしたの? だったら失敗だったね。僕を甘く見るな」
 ジョセフの胸を踏みつけ、槍の穂先を突きつけながらマレクが冷たい声で言い放つ。そして足をどけて槍を鞭に転じると、容赦なくジョセフを打ち据えはじめた。一思いにとどめを刺すのではなく残った力を根こそぎ奪うためだ。
 そしてマレクが手を止めた時、そこには人間の姿に戻ったジョセフが瀕死の体で横たわっていた。相手の行動不能を確認したマレクもまた、人間の姿へと戻る。
「ジョセフ、君は優しすぎる。その優しさが君の命取りだ」
 近づいてきたザーギンが言った。ジョセフは動けぬまま睨みつけようとするが、その眼差しにすら力が入らない。
「さて、マレク、お楽しみの余興に入ろうか。君もお相伴にあずかるといい」
 ザーギンにうながされ、マレクはジョセフの服を嬉々として脱がせ始めた。両足を少し開くとその間にうずくまり、ズボンも取り去るとジョセフのモノを取り出した。自分の着ているトレーナーを脱ぎ捨てると、嘲笑うかのような上目遣いでジョセフを見上げながら、見せつけるように舌を出して根元からゆっくりと舐め上げる。それを繰り返すうちにペニスはみるみるうちに勃ち上がり、先走りがじわりじわりと溢れてくる。舌と口だけでジョセフの雄をしゃぶりながら、空いた両手で靴を脱ぎ、ズボンと下着を脱ぎ捨てると、パンツの下から出てきたマレクの肉茎も先走りで濡れそぼっていた。先端に溜まった汁をじゅる、とわざと大きな音を立てて吸い上げると、ジョセフは切なげな吐息を漏らす。
「ああ……ん……はぁぁ」
 やがてその目が欲情にうるみ、焦点が合わなくなってきた頃、ザーギンはおもむろにジョセフの頭のすぐ脇に膝をついた。そして自らの逸物を取り出すとジョセフの頭を持ち上げ「舐めろ」と促した。既に抵抗の意思の消え失せたジョセフは、ザーギンの逸物をおめおめと口の中に受け入れ、素直に奉仕し始めた。口の中にザーギンの雄の臭いが充満し、それだけでジョセフの頭は霧がかかったようにますます茫洋としていく。
「マレク、後ろも構ってやれ」
「はい」
 口だけでジョセフの雄に奉仕しながら、自分の後ろの孔や若茎をいじって慰めていたマレクは口と手を止め答えた。べたべたになったジョセフの逸物から涎と先走りをすくいあげると、指をジョセフの尻の奥に伸ばす。
「んうっ!?」
 急な刺激にジョセフの目が見開かれる。だがその瞬間、ザーギンの手がジョセフの頭をつかんで欲望を喉の奥までぐいと押し入れた。
「ふぐううっ!」
 再び頭を掴んで欲望を引き出すと、再び突き入れる。口を性器のように犯されて、ジョセフの目から生理的な涙が流れ落ちる。
 その間にマレクの指はくちゅくちゅと音を立ててジョセフの尻穴を出入りする。合間に亀頭を口に含んで舐め回すのも忘れない。上と下を同時に犯され、許容量を超えた快感と苦痛にジョセフの意識は焼き切れそうだった。
 ザーギンの欲望は容赦なくジョセフの口を犯し続け、その勢いは段々早く、激しくなってくる。そしてそれが最高潮に達し、あわや出る、という瞬間、ザーギンは己の肉棒を勢いよく引き抜いた。間髪を入れずジョセフの顔におびただしい量の精液とむせるような臭いが降り掛かる。
「くっ……あああっ!」
「うっ、むぐっ、んく…んく…」
 その途端、ジョセフの肉茎もびくりと脈打ってマレクの口の中に精を吐き出した。マレクは慌てる事なく肉棒をしっかりと咥え込み、ジョセフが出したものを音を立てて飲み込んだ。が、いかんせん量が多過ぎて全てを飲みきれず、口の端からこぼしてしまう。
「仕方のない子だな」
 ザーギンはマレクの元に歩み寄ると、彼の前にかがみ込み、口の周りについた欲望の残滓をぺろぺろと舐めとってやった。
「すみません…ザーギン様」
 ついで口の中にも舌を入れ、ちゅっと軽く吸ってやる。そんな二人を、ジョセフは顔にかけられた白濁を拭う事も忘れて、どこか遠く離れた場所のことのように見ていた。
「ジョセフ、まだまだいけるよね? 僕もう早く挿れてほしくてたまらないよ…」
 今しがた欲望を吐き出したばかりのジョセフの男根を弄くりながら、マレクは欲に上ずった声で囁いた。
 ザーギンはジョセフの足を押し開くと、既に準備万端整った逸物をジョセフの後ろの孔に押しあてた。そしてそのままゆっくりと挿入する。
「ぐうっ…あ、ああ…」
 だがザーギンのモノはあまりに大きく、十分に慣らしたそこですらなお狭い。快楽を上回る痛さに、ジョセフのいきり立った逸物が萎えそうになる。
「ジョセフ? 萎えたりしたら許さないよ」
 ジョセフの脇に手をついて四つん這いでのしかかるようにしながら、マレクが自分の尻穴を押し広げてジョセフの巨根を当てがい、ゆっくりと腰を落としていく。
「く……うう」
 後ろを犯される痛みに、自分のモノを絞り上げられるような痛いほどの快感も加わり、ジョセフは今度こそ気を失いそうになる。思わず自分の中のザーギンのモノをぎゅっと締め付けてしまう。
「く…いい締め付けだ。ジョセフ、君の中は最高にいい」
「ジョセフ、今すごいいやらしい顔してる。ぞくぞくしちゃうよ」
 心身共に二人同時に責められ、羞恥と屈辱と快感でジョセフの頭はおかしくなりそうだった。
「どうした、もう限界か? お楽しみはまだまだこれからだというのに」
 そう言ってザーギンは腰を動かし始めた。最初はゆっくりと、だが段々と早く。それに合わせてマレクもジョセフの上で淫らに腰をくねらせる。マレクの小さな後孔が痛ましいほどに押し広げられ、壊れてしまいそうに歪む。
「すごい…ジョセフの大きいのが僕の中でどくどくいってる…」
「あああっ、あああああ!」
 限界をとうに越えた快感に、ジョセフは恥も外聞もなく声を上げ続けた。目を開けているのか閉じているのかも分からなくなり、喘いでいるのが誰なのか、ぶつかり合う肌は誰のものなのか、感じているのが自分なのか、それとも他の誰かなのか、上になっているのか、下になっているのか、乗っているのか、乗られているのか、何もかも、分からなくなっていった。
「くっ…」
「くぅ…あああ」
「ああ、出る、出てる、僕の中でジョセフの熱いのがいっぱい出てる! あああああ!」
 何もかもが混沌としていく意識の中、自分のものか他人のものかも分からなくなった感覚の中、どくりどくりと精を吐き出す感触と吐き出されるのを、交錯しあい浸食しあい交差しあう感覚で感じながら、自分自身もその混沌の中にとけ込んでいった。

 次に気付いた時、ジョセフの視界に最初に入ってきたのはコンクリートの薄汚れた床と、その床についたデモニアックの両手だった。
 ジョセフには自分が目覚めているのか、それともまだ夢を見ているのか分からなかった。
 辺りを見回すと、コンクリートと鉄筋がむき出しの広い空間が、融合体の群れで埋め尽くされている。するとここはもう夢の中ではないのか。
 だがジョセフが見上げた先の、天井の鉄筋の梁の上にマレクが立っていた。ジョセフを見下ろし、侮蔑と憎悪に満ちた口調で吐き捨てる。
「これで終わりだと思ったの? あんたの悪夢は終わらないよ、あんたが生き続ける限り、ずっとね!」
「うぐあああああああ! ぐああああああああ!」
 夜の闇を震わせ、ジョセフの咆哮が辺り一帯に響き渡る。
 悪夢と幻覚と現実は互いの領域を侵しあい、混ざり合っていく。もはやジョセフには、それらの区別はつかないようになっていた。ただ自分が狂い、壊れていく様を、感じていくことしか、できなかった。


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